2013年5月29日水曜日

雨仰庵のワン・ツー・スリー

フタリシズカ森の中からホトトギスの声が響く。天気がよいとイカルの美しい声も聞こえるようになった。いよいよ夏だ。

以前、川向うの上村(かみむら)でいただいてきた「フタリシズカ」が、ヤマウドの木陰で咲き出した。 ヒトリシズカのほうがおなじみの方が多いと思うが、こちらは早春4月下旬に咲いて、もう葉っぱだけになってしまった。

2013年5月27日月曜日

虻蜂取らず?「アケビコンボウハバチ」

ギフチョウの幼虫たちに餌をやるためカンアオイを採りにでたら、そばに生えているミツバアケビで、見慣れない幼虫が葉っぱを食べている。

私が知っている限り、アケビを食草にするのは「アケビコノハ」の愛嬌たっぷりの幼虫しか思いつかない。

2013年5月25日土曜日

雨仰庵の花「タニギキョウ」危機一髪

タニギキョウ昨日ご近所IGさんをギフチョウにやっているわが家の「カンアオイ」のところに案内した。 その横に「九輪草」のエリアがある。

その端っこにかれんな花が咲いていた。 IGさん曰く「この花は、タニギキョウというので、抜かないでね」
  「ドキッ!!」 九輪草エリアに侵入してきたこの雑草??、双葉が出てきた段階で、全部引っこ抜いてきた。

2013年5月24日金曜日

雨仰庵の金食い虫「スジグロシロチョウ」

金食い虫「スジグロシロチョウの幼虫」このごろ、毎日宅配便が届く。ちょうど昼寝をするかしないかの時間に来るので、(昼)寝不足気味?
 今日は、車いす用のシート(座布団みたいなもの)と、生ゴミ乾燥機が届いた。両方とも10数年経って、生ゴミ乾燥機はただの送風機になり、車いす用のシート(空気でふくらますやつ)は空気漏れでペッシャンコ、寿命だと思って買い換えた。理由はどうあれ、このごろ金づかいが荒いと笑われる。

雨仰庵にはもう一人??一匹「金食い虫」がいる。

2013年5月21日火曜日

生クリームがない、どうしよう(-_-;)という時

家内が来るというので、好物の「マンゴープリン」を作ったろホン(^^)vと、またアマゾンでドライマンゴーを注文した。
  いざ作ろうと思ったら、生クリームがない。もともと菓子類を作らないので、生クリームは常備品に入っていない。日持ちが悪いので、この前のは使いきってしまった。骨折療養中で買物もいけない。嫁のゴキゲン鳥雨仰庵仙人のピンチ(-_-;)

2013年5月20日月曜日

雨仰庵の「嫁・姑もんだい」

左足親指骨折と診断され、安静にしていようと思うのだが、次から次と宅配がやってくるし、ギフチョウの幼虫がエサをモリモリ食べだして、カンアオイの葉っぱを取りに行かなきゃならないし、おちおち寝ているわけにはいかない(*_*;

そんな中、滋賀で忙しい家内が、私の骨折看護のため昨日から来てくれた。ありがたや、ありがたやm(_ _)m
 おかげで今日はパジャマの日になり、真昼間からラッコトップ(ベッドで腹の上にパソコンをのせて)でブログが書ける。 

2013年5月18日土曜日

ギフチョウ観察日記(2)「2歳になった」

ギフチョウ2齢幼虫左の写真は昨日、一枚目のカンアオイの葉を完食したので、追加した。左下の輪ゴムだけの茎が旺盛な食欲の名残。

幼虫は「1齢(イチレイ)」「2齢」・・・「5齢」と脱皮を繰り返すたびに年齢を数える。

2013年5月17日金曜日

古伊万里そば猪口にマンゴープリン

嫁が喜ぶマンゴープリン
嫁が喜ぶマンゴープリン

20数年前、長期休暇をもらってDJさんの家族とマレーシア・シンガポールに旅したことがある。 現地の飲茶レストランで「マンゴープリン」を家内が食べて「こんなうまいものがあるのか」と感動していた。
 そのあと、日本でも中華レストランに入れば必ずマンゴープリンをデザートに頼むようになった。しかし、マレーシアの飲茶レストランで食べたようなマンゴープリンにはなかなかお目にかかれないらしい。 

2013年5月16日木曜日

痛い骨折

生まれてこの方、人のためにも自分のも「骨を折った」ことなぞなかったが、おととしの5月野鳥に餌をやって、ベランダから部屋にはいるとき転んで、右足首を骨折、1週間も入院した。生まれて初めての経験だった。
 5月はわが三隣亡か、きのうピアノ・レッスンの帰り、松代SA売店前のテラスでこけて(転ぶの関西弁)、今度は左足親指を骨折した。全治1~2ヶ月、楽しみにしていた石巻YAさん訪問もオジャン(T_T) 最初はいつもの捻挫かと思ったが、今朝になっても痛くてシビレルので医者に行ったら「折れてます」と言われた。

2013年5月14日火曜日

雨仰庵の花「半夏(はんげ)」

半夏(はんげ)24節季・雑節のなかに「半夏生(はんげしょう)」という日がある。半夏(=漢名、和名:カラスビシャク)という薬草が生える頃、暦上は夏至から11日目ということだが、陰暦のことなので今の暦では年によって1日ずれるらしい。今年(2013年)は7月2日が半夏生だ。

2013年5月13日月曜日

ギフチョウ観察日記(1)「誕生」

ギフチョウの誕生今年は桜が10日もはやく咲いたと思ったら、咲いている最中に寒波がきて雪が降った。 果樹農家は花の時期に雪が降ったのでそうとう深刻な被害を受けているようだ。

この桜の花が咲く時期、ギフチョウの恋の季節でもある。だが気温が低いと翔ぶことができず、わが家のカンアオイを調べた結果、残念ながら今年は産卵ゼロに終わった。

2013年5月12日日曜日

手描室「ヤマブキ」

手描室「ヤマブキ」七重八重花は咲けども山吹の
     みのひとつだになきぞかなしき

  [後拾遺集に醍醐天皇の皇子・中務卿兼明親王が詠まれたもの]

太田道灌が鷹狩でにわか雨にあい、みすぼらしい家に駆け込み「急な雨にあってしまった。蓑を貸してもらえぬか。」と声をかけると、思いもよらず年端もいかぬ少女が出てきた。そしてその少女が黙ってさしだしたのは、蓑ではなく山吹の花一枝だった。花の意味がわからぬ道灌は怒って雨の中を帰って行った。
 あとから、この歌のことを家来に聞き「実の一つもつかない」と「蓑ひとつない」のたとえを知り、自分の不明を恥じ、歌道に精進したという「山吹伝説」

2013年5月11日土曜日

iPhoneわが家の主任ナビに昇格

主任ナビ先月末の叔母の葬儀につづき、かねてから予定のあった法事のため、また静岡まで600km往復した。前回iPhoneナビで、車載ナビが知らない道を帰ってきたが、それからiPhoneナビの使い勝手や性能テストを繰り返してきた。

なかなかレスポンスもいいし、(音声合成の)おねえちゃん?の喋り方も感じが良い。

2013年5月9日木曜日

花桃がまだ咲いている

花桃

 今日から急に夏になった。部屋の中25℃、パッチをはいて長袖の下着をきているので汗がでる。

 ところが、例年だととっくに散っている桜や花桃が雨仰庵近くでは咲いている。

2013年5月5日日曜日

自主トレ失敗につき手作り「白菜餃子」を作る

白菜餃子定食

 今年は4月後半になって雪が降ったり、いまだストーブ全開だが、寒いせいか近所の八重の枝垂れ桜が先週まで咲いていたのでもらってきた。
 ボッチらボッチらと手描室自主トレをしたが、めちゃめちゃになって、そうこうしているうちにモデルがダメになってしまった。S先生の「一つの花も描けないのに、なんでそんなにたくさんの花を描くのですか?」という教訓がみにしみる。
  指の調子も悪くピアノの練習も思うに任せず、暇つぶしに、生まれて初めて「餃子」を全部(皮もないので)手作りすることにした。野菜室に芯が腐りかけの白菜があったので大掃除もできる。

 皮を手作りすると、二度と市販の皮はつかう気にならないと聞いてはいたが、ほんとにもちもちして美味い。形はともかく、店で売れるぐらいおいしい餃子ができた。 いつも思うことだが「体に悪いもんほど美味いなぁ」 ちなみに、この餃子ひとつ約90kcal、2つでご飯一杯と同じ。

2013年5月3日金曜日

本日フライの日「栗原はるみのコロッケ」

コロッケ定食 フライヤを買ったら案の定、揚げもんを食べたくてうずうずする。食べ物の誘惑にはだらしないので、1周間に一度だけOKの自主規制をすることにした。 カレンダーをみると今日は金曜日「フライデーじゃないか」ということで、金曜日を「フライを食べても良い日」と決める。

 よく考えると、雨仰庵に来ていらい、揚げもんは「失敗だらけのかき揚げ」のみ。そこで生まれて初めて、コロッケなるものを「雨仰庵フライの日」創立記念に作ることにした。

2013年5月2日木曜日

「今日きょう展」はじまる

今日きょう展 5月になったというのに寒いこと、朝からストーブ全開。
 いつも「手描室」でお世話になっているS先生の個展「今日きょう展」が始まったので、陣中見舞い方々伺った。昨夜のうちは「10時に一番のりだぁ」と思っていたが、本を読んでいたら、いつの間にか夜中の3時。寝不足がたたって、意気込みはどこへやら、訪れたのは昼ちょっと前だった。

2013年5月1日水曜日

iPhoneナビで家まで180km帰る

Google Map
Google Map

 一昨日、子供の頃すごく世話になった叔母の葬儀のため、静岡まで往復した。連休前半のなか、朝から高速には渋滞予想が出ていた。それで飯田から山道を走って三河川合→三遠南信道(佐久間道)から三ヶ日JCT→静岡ICと渋滞区間を迂回して通ることにした。

 車のナビはトヨタ系超大手系列会社のものだが、最新の地図を2万円もかけて更新したのに2年遅れの地図、新東名は出てこない。新東名のほうが走りやすいが、到着予想や、あと何Kmなのかもわからなくなるので、行きは大事をとって旧東名を走った。